日本工業経済新聞 夏季特集号
“なりきる”ことが大事〜「事業に活かしたい名勝負」

 “スポーツ実況放送の第一人者”と言われる元NHKアナウンサー島村俊治氏の講演会がこのほど、東京商工会議所渋谷支部で開催された。テーマは「事業に活かしたい、名勝負の機微」。島村氏は昭和39年にNHK入局後、43年にわたりスポーツ実況アナウンサーの道を歩んでいる。その間、ソウルオリンピックの鈴木大地氏(100m背泳ぎ金メダル)、バルセロナオリンピックの岩崎恭子氏(200m平泳ぎ金メダル)、長野オリンピックの清水宏保氏(スピードスケート500m金メダル)などメダリストの実況放送をこなした。「同じ実力がありながら、どこで勝者と敗者が分かれるのか」。講演の中で島村氏はスポーツでも仕事でもその道の「プロになりきる」ことを強調する。この言葉は島村氏の“師匠”川上哲治氏の人生哲学でもある。
 島村氏は「川上哲治氏を勝手に師匠と想っている」という。川上氏は現役時代に“打撃の神様”と言われ、全盛期には「ベース上のボールが止まって見える」と表現したほどバッティングの神髄を極めた野球人である。
 その川上氏に「NHK退職後も実況中継のアナウンサーを続けていきたいのだが」と相談すると、川上氏に「長いこと実況のアナウンサーをやってきたのだから、やめないで先を見極めるべきだ。実況アナウンサーになりきってみるべきだ」とアドバイスされたという。川上氏自身、現役時代「バッターになりきった人」である。また、監督になれば「監督になりきり」、巨人軍をX9に導いた稀有のリーダーでもある。
 川上氏のアドバイスを聞いた島村氏は「どこまでこの道を突き進めるか、実況中継のアナウンサーになりきってみよう」と決断したそうである。
 島村氏は「同じ実力の選手でも勝者と敗者に分かれるのは、心のあり方」だと言う。例えば、野球のゲームで投手がピンチにおかれたとき、「自分のいちばんいいものを出そう」と開き直って投げれば打たれたかもしれないが、「何とか投げ切ろう」と受身の投球をすると得てして打たれてしまう。ビジネスの世界でも同じことが言えるのではないか。
 「スポーツ実況中継のアナウンサーを通して勝負の世界を極めることができたら、こんなにすばらしいことはない」。
 そんな島村氏もNHK入局当時は、ミュージカルディレクターになりたかったとのことで、アナウンサーは不承不承だったそうである。でも、転機が訪れた。鳥取の支局に赴任3ヵ月目で駅伝の放送を担当した。中継者に乗って夢中で実況中継したわけだが、後でその中継の内容をほめてくれた人がいた。「人はほめられると、勇気がわく。ほめてきっかけを与えることが大事」と島村氏のアナウンサー人生の転機を例に“ほめることの効用”を説く。
 スポーツアナウンサーの現場で数々の修羅場をくぐりぬけてきた島村氏は「ミステイクの恐さ」を訴える。スポーツ実況のアナウンサーには原稿がない。「実況現場で一度言葉を発すると、その言葉を訂正する消しゴムはない」。特に「国名や人の名前は間違えると、取り返しがつかない」。
 また、島村氏はテレビや新聞など「最近のマスコミに“驕(おご)り”お感じる」という。「もっと謙虚さがほしい」。それは言葉に対する厳しさを持つことにつながる。「言葉へのこだわり」はマスコミだけでなく、政治やビジネスの世界でもあてはまる。「戦争は言葉の認識の違いから起きるケースが多い。特に政治家は言葉をみがいてほしい」と注文も。
 講演の最後に、島村氏は20年来の“友人”である星野仙一氏のリーダー哲学に言及した。星野氏は現役時代は中日ドラゴンズのエース、引退後は中日と阪神タイガースの監督を歴任、その決断の速さと統率力で現代の代表的指導者像の一人とまで言われ、来年開催される北京オリンピックの日本野球チームの代表監督に就任した。
 星野氏のリーダー哲学とは?島村氏は辞書「星野仙一 決断のリーダー論」で端的に語っている。それは、@「体調」を管理できているか A「先を読む力」を持っているか B「人間関係」に気を配っているか C「運を読む力」を磨いているか D自分を語っているか E経験を知恵に変えているか F「正確な情報網」を持っているか G「人を見抜く目」を養っているか、の8つのポイントである。
 「プロとは結果がすべて」とはプロ野球の世界で記録を残した選手が一様に口にする言葉である。冒頭の川上哲治氏巨人監督時代、ゲームに勝つために毎年知恵をしぼり、さまざまな手を打ったと言われる。「勝ちたいんや」と自分の本心を語り、選手の心にドーンと入っていく星野氏も川上イズムの流れをくむR-だーの一人ではないか、と島村氏。
 プロ野球にかぎらず、スポーツの名勝負には筆舌に尽くせないドラマがひそんでいる。その機微を知ることは仕事だけでなく、日常生活全般にもプラス効果をもたらすだろう。



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