スイミングマガジン・「2005年02月号」掲載記事
Sportus Field Column −島村俊治の勝負を語る!−
◎世界選手権の年、明ける

 水泳界は忙しい。アテネが終わのたと思ったら、息つく暇もなく世界選手権の年を迎えた。豪州パースでの第8回大会まではオリンピックの中間年に開かれていたのが、第9回の福岡からオリンピックの翌年となり、しかも2年に1度の開催となった。スポーツビジネスとしてアマチュアスポーツの世界最高峰の大会ともなれば、関心も効果も十分に期待できるという証明なのだろう。今後は五輪と世界選手権が毎年のように続くことが、選手寿命や人気にどう影響していくのか検証することも必要になってくるだろう。
 五輪と世界選手権では大会のあり方が明らかに違う。水泳だけのチャンピオンシップと世界のスポーツ界全体の祭典・五輪とではは基本的なコンセプトが違うのだから、指導者は選考会に望む前に、ぜひ選手たちに大会のあり方、歴史、世界選手権の経緯を伝えて欲しいのだ。このところ、スポーツ界で起きた不祥事は教育、しつけ、人としての考え方を教えず、ただスポーツをしゃにむにやらせているから、人として許されないことを仕出かしてしまうのではなかろうか。スポーツでいい成績を収めることは第一の目標だが、それだけではないはずだ。
 今年の第11回大会はカナダ・モントリオールで7月下旬に開かれる。モントリオールは私にとっても懐かしい思い出の地である。1976年のモントリオールがオリンピックアナウンサーとしての私の国際大会のデビューだった。このとき、私はまだ水泳は担当していない。陸上競技、バスケット、ハンドボールのアナウンサーだった。フランスの香り豊かなモントリオールはフランス語が公用語だ。ヨーロッパ風の町並み、清潔で静かな佇まい、夏は楓の木々を揺らす心地よい風が終日流れる。代表に選ばれた選手たちが、きっと好きにならずにはいられない街になるはずだ。
 ところで、世界選手権が始まったのはそれほど昔のことではない。第1回はユーゴ・ベオグラードで1973年、ミュンヘン五輪の翌年だった。第2回はコロンビアのカリ。まだ世界選手権は大きな関心を持たれてはいなかったし、日本でのTV中継もなかった。TVの生中継がはじめて行われたのは第3回のドイツ・ベルリンだった。私の国際大会での水泳アナウンサーとしてのデビューでもあった。この大会をNHKが放送した最大の理由は、当時、男子の平泳ぎで彗星のごとく世界NO1の記録を出した一人の高校生の金メダルの瞬間を伝えたいと願ったからである。当時、五輪以外で宇宙中継することはめったになかった。今では宇宙中継などという言葉は聴かなくなったが、それほど大変なことだったのだ。その高校生の名は「高橋繁浩」。そう、現在の中京大学コーチの高橋さんの少年時代だ。まだ、ベルリンの壁があった時代である。あのベルリン五輪で「前畑ガンバレ」の実況が行われたプールである。このとき、実は私は大切なことを学ぶのだ。私は高橋選手が決勝で勝つか優勝争いをするとばかり思っていた。だから、予選も思いいれたっぷりの実況をした。ところが、ところがである。高橋選手は予選4組の2着でゴールするのだが、全体の9番目で予選落ちしてしまうのだ。まだコンピューターで順位が即座に出てくる時代ではない。「高橋、予選落ち」というのがどんなに怖かったか。当の高橋選手でさえ、予選は通ったと思いサブプールでゆったりとダウンを繰り返していたのだ。陽気な鶴峰治コーチの落胆が痛々しかった。それでも、高橋選手は17歳と未来があった。次の五輪や世界選手権でメダルは確実にとれると予想された。しかし、その後、時をつかむ運には恵まれなかった。世界選手権が来るたびに、冷夏のベルリンに沈んだ素晴しいスイマーを私は思い出す。もし、高橋選手が優勝していたら、日本全体の進歩は違っていたのかも知れない。
 昨年11月に行われた水連80周年の記念祝賀会(1月号参照)、会場の出口で車椅子の鶴峰さんにお会いした。病に倒れ、回復に向かっていると聞いてはいたが、豊田市から車椅子で来てくれていたのだった。紹介をしてさしあげられなかったことに悔いが残った。こうした先輩たちが世界で戦ってきたことを忘れずに知っていてほしいのです。
世界選手権はその後、エクアドル、マドリード、パース、ローマ、パース、福岡、そして2年前のバルセロナと続いてきた。そのうち、私は4回も実況をしてきたが、五輪と違って金メダルに縁はなかった。歴史をたどってみれば、高橋選手から四半世紀の25年たって前回のバルセロナで北島康介選手が金メダル、しかも2つとも世界新記録で獲得したことになるのだ。TV中継も衛星の発達で当然のように行われ、注目度も高くなっている。
 追い風の日本水泳界、次の五輪へのステップとして、新しい選手の台頭と国際経験をつむ最大の舞台として世界選手権を戦って欲しいと願っている。



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