スイミングマガジン・「2006年11月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(11月号)
◎ 第15回 「シンクロのテレビ中継に思う」

 シンクロのワールド杯が9月中旬に横浜国際プールで行われ、ロシアの圧倒的な素晴らしさと日本の健闘で大会は成功のうちに終わった。来年の世界選手権まではあとわずか、今後の課題や各国の実力を診断する上で五輪、世界選手権に次ぐ大会として評価出来るワールド杯だったといえるだろう。
 テレビ中継を見ていて思ったことは、「シンクロもここまできたのか」と時の流れと世の中へのアピールの強烈さに驚かされたものだ。今やスポーツはテレビとともにある。テレビ向きでない競技はますます置いていかれる存在になってしまうのだ。
 シンクロは、まさにテレビあってこその競技ということになる。しかも、プライムタイムといわれる夜の視聴率競争の激しい時間帯に4日間もぶち抜いたのだ。当然のことながら、中継したテレビ朝日は芸能色の濃い、ショーアップしたスタイルで演出をした。スポーツ中継を如何に芸能風に仕立て上げるか、何もシンクロだけでなく、プロボクシング、バレーボールなども御同様だ。さすがにシンクロはあの不可思議なボクシングのような採点ではなく、競技会としてのあり方はきちんとしていたようたが、タレントや元スターのシンクロ選手、テニス出身のタレントのはしゃぎまくった司会ぶりにはいささか壁壁というか、うんざりというか、私には聞くに堪えなかったのだ。シンクロの関係者、水泳連盟の関係者は、スポーツの芸能風イベントをどう受け止めているのか、一度伺ってみたいものである。悲しいのは、シンクロの著名選手までが、司会者のタレントに乗せられ、スイマーとしての、メダリストとしての見識を忘れかかっていたことだ。
 キャスターは番組のリーダーだから聴いている人へのインパクトは強烈だ。だからといって、冷静な分析や批評を忘れていいはずがないのだ。「日本かんばれ、メダル、メダル」のはしゃぎ振りは、度を過ぎると見苦しい。自分が現役の頃、過剰の期待やメダル至上主義の応援は負担になっていたはずだ。著名な元テニスプレーヤーは、自分が現役の頃、スタンドの応援に勇気づけられたことから「日本の応援団長」をキャッチフレーズにしていると、人づてに聞いたことがある。応援するのは日本人だからいいでしょう。しかし、キャスターのポジションは応援団長ではないのです。
 テレビにマスコミとしての誇りと気概があるなら、これでは「キャスター」の地位を貶めることになるのです。尤も、それをさせているのは、他ならぬ視聴率至上主義のテレビ局なのですから、陰でけしかけるプロデューサーやディレクターの意思ということになるでしょう。踊らされているのがプールサイドやスタジオの司会者達なのでしょう。競技の解説者も煩かったですね。風邪をひいていたのか妙に耳につく声にもよるのですが、爽やかな解説とは言いがたいのです。
 元々、私は大好きな解説者だったので正直、失望しました。アナウンサーも何度も同じフレーズを繰り返しすぎます。シンクロや体操、飛び込みはのべつ幕なししゃべらず、大事なシーンで珠玉のコメントを時にさりげなく、時に大胆に、時に鮮やかに発するのがいいのではないでしょうか。とまぁ、批判ばかりのようですが、少なくとも、ワールド杯のシンクロをゴールデンアワーに四日間放送したことは高く評価できるでしょう。そして、この時間帯だから、芸能風もありだったのでしょう。
 シンクロが初めてテレビ中継さたのは、定かではありませんが、78年のベルリンで行われた世界選手権をNHKが衛星中継したのは確かです。私は競泳の担当でした。シンクロはベルリンの五輪プールではない、別のプールからだったので、そこにはマイクをおくことが出来ず、音だけは東京で別のアナがつけました。そのアナが「今、私はベルリンのプールにいます」とまことしやかにコメントをつけたのを、今でも我がことのように恥ずかしく思い出します。
 84年のロス五輪は南カリフォルニア大プールからティーム、デュエット、ソロの予選、決勝を全て私が実況しました。炎天下でクタクタでした。解説者のいない時代で、金子正子さんが、演技が終わるとポイントや批評を紙に書いて渡してくれ、それを私がアナウンスしました。日本ティームや選手の時、手を出しても紙が来ません。金子さん、日本の時は夢中で見入って書くのを忘れていたようです。日本を発つ前に、井村雅代コーチのもとへ日参しました。「シンクロの放送ってどんなのがいいでしょうかねぇ」鬼コーチ、すかさずいったものです。「シンクロは見てればわかりますぅ。余計なこといわず、黙ってて欲しいんやわ」さすが、井村さん、いいこといってくれました。今から、20年以上昔の話です。でも、核心をついていると、私は思っています。



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