スイミングマガジン・「2007年06月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(6月号)
◎ 第23回 「水泳中継のグッド・バッド」

△ 王者北島の集中力
 世界選手権から帰った直後に開かれた日本選手権、代表組は疲労の中で向かえたのだが、第一人者はやはり違うなと改めて感じさせられた。国を代表し、トップの立場にいる選手は最悪のコンディションでもどう戦えるかということを見るには、酷なようだが「絶好の機会」だった。王者・北島康介は疲労、のどの痛み、腹痛の中、二年間負け続けてきた2百メートル平泳ぎの日本でのタイトルを取り返しに出場してきた。
 予選は3位、最悪のコンディションの中、決勝はレースを引っ張り3年ぶりに優勝したその勝負根性に敬意を表したい。「王者」とはそうありたいものだ。メルボルンの世界選手権ではライバル・ハンセンは百で勝ち、2百は体調不良で棄権している。事情はどうあれ、勝負は北京まで持ち越されたのだが、万全の体調でのぞまなければ「今の北島は怖い」とハンセンサイドが見たのは想像できる。そして、北島は日本選手権で最悪のコンディションにも関わらず、国内王座を奪還した。精神的にも強い男であることを証明したレースといえるだろう。

△ 興味深々だった控え室
 このレースの実況中継を私はNHKテレビで見ていた。現場にあえて行かなかったのは世界選手権を中継したテレビ朝日の放送と見比べてみたかったからだ。今回の放送で一番興味深かったのは控え室の召集所を克明にカメラが追っていたところだ。ここは選手の表情や動作から選手の心を推理する最も「人間くささ」がでるところだ。かって、ミュンヘンの金メダリスト田口信教は「皆の見えるところにどっかと座り、俺は強いんだぞと腕組みをしてライバルたちを見下ろし、威嚇した」という。
 この日、北島は髭をさっぱりそりおとし(私としてはこの顔の方が無精ひげより気に入ったのだが)、大きく眼を開き、誰ともしゃべらず、凄まじい集中力を見せていた。「戦ういい表情だ」と私は思った。期待の高校生立石はというと、控え室の窓から今行われているレースを見ていた。やがて、集中している北島の方に向かい握手を求めた。北島は、私の見た目では「仕方なさそうに」手をだして握手に応えた。カメラの目の前ではかって北島に勝った今村が笑顔で他の選手と握手をしていた。
 「これは北島のものだな」と私は思った。これから戦う相手に友好のゼスチャーなど必要はないのだ。全身全霊で相手を叩きのめすのがレースである。戦ったあとに相手を讃える友好の握手はいいたろう。まして、高校記録をだして、これから北島を追って行く立石選手には、「北島何するものぞ、叩きのめしてやる」位のレース前の気迫を見せて欲しかったのだ。確かにレースは後半北島を追い上げ2位になったのは評価できるのだが、レーサーは「いい子」より「自己中心のマイペース型」の方が成功するのだ。私が金メダルを伝えた鈴木大地もスピードスケートの清水宏保もそんなタイプのレーサーだったように思う。
 いずれにしても、テレビの素晴らしさは現場でも見られないところにカメラを置き、伝えてくれるのだから、このあたりがテレビならではといえるだろう。

△ 興味を失う記録ライン
 ところが、技術の進歩で「わくわく、どきどき」するはずの世界記録や日本記録をレース中に分析してしまう「やりすぎ・自己満足」の中継がある。テレビ朝日の世界選手権で世界記録が出そうになると、バーチャル映像で画面に世界記録のラインを示してしまう。記録が出るか、出ないか、ハラハラ、ドキドキして見るのが面白いのだ。世界選手権の中継を見ながら私は「テレ朝よ、やり過ぎもいいかげんにしろ。推理や予測がレースの面白さなんだ」
 まさか、NHKの日本選手権で同じものを見るとは思わなかった。「NHKよ、おまえもか」親切のつもりで技術の進歩におんぶにだっこをすると肝心のレースでの期待感が消えてしまうのだ。色々なスポーツ中継のVTRやスローVもやり過ぎると価値は半減する。効果的に使わず、ワンパターンで出すようになると、「平凡で無駄な振り返り」になってしまうのだ。
 バーチャルでいえばテレビ朝日のスタートした後にコース順に選手の名と国旗を示すのはわかりやすかった。実況はNHK石川アナがテレビをよく心得たアナウンスをしていて「水泳放送のよさ」を出していた。テレビ朝日はガンガンまくし立てるだけで、まるでラジオの実況、しかも場内音が大きくて何と言っているのかよくわからない。解説の高橋さんのいい話をもっと引き出さないと持ち味も何もなくなってしまった。
 テレビ朝日とNHKの放送は対照的である。イベント化してゴールデンアワーで盛り上げるテレビ朝日のやり方は水泳のファンを増やそう、視聴率をとろうという意欲に溢れている。テニスの松岡氏の応援団司会は私にはへきへきだが「桜間さんがファン」だと知ると若い?女性には受けるのだろう。言っておくが、私は「ノー、サンキュー」逆にNHKはもっと見てもらう努力をすべきだろう。少ない観衆の放送で、いくら内容がよくても、地味になる。
「面白く無ければテレビじゃない」というキャッチフレーズがある。やり過ぎとやらなさ過ぎ、ううん、難しいところだ。



--- copyright 2006-2007 New Voice Shimamura Pro ---
info@shimamura.ne.jp