スイミングマガジン・「2008年3月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(3月号)
◎ 第32回 プールサイドから

 「すずちゃん、変わらないねぇ。若いなぁ」「うわあ、シマムラさん、久しぶりですねぇ。もう32歳ですよ。これが二人目の子で、小春です」「そうかぁ、お母さんだったねぇ。でも昔のままだよ。泳いでるの」「今は無理ですよ。この子たちがもう少し大きくなったらね」「幸せそうでよかったなぁ」
 1月末に開かれたコナミオープン水泳競技会のプールサイドで交わした千葉すずさんとの会話の一部である。バルセロナオリンピック前後のほぼ十年、日本の女子水泳界をリードした個性的な大輪の花のようなスイマーだった。オリンピックのメダルこそ無かったが、彼女の愛くるしい笑顔とスムーズで迫力もある泳ぎに魅せられて、水泳のファンが数多く増えたことは間違いない。バルセロナのあと、岩崎恭子ちゃんにマスコミは集中したが、千葉すずこそが水泳界を盛り上げた「敢闘賞」の働きであり、水泳アナウンサーとして「私の心の金メダリスト」と思っている。アトランタのころは、勝手に騒ぐマスコミに嫌気がさし、誤解されるような言動もあったかも知れないが、「女王すず」として女子選手に大きな影響力をもっていた。アメリカにわたったのも彼女らしい生き方のひとつだったのだろう。
 すっぴんの笑顔と二児の母とは思えないスタイルのよさに、私は10年前にタイムスリップしたようだった。ご主人の山本貴司選手も相変わらずの巧いレースを見せていただけに、4回目のオリンピックをすずちゃんの内助の功?でぜひ掴んで欲しいなぁ
 コナミオープン最大のハイライトは入江陵介の200メートル背泳ぎの日本新記録だった。NHK時代以来、久しぶりの水泳放送のマイクを東島新次さんと握った。ゲスト解説も昔、実況した田中雅美さんと大西順子さんだったので、、懐かしさもあり心躍る放送席となっていた。何しろ、シンジーさんとはソウル五輪の鈴木大地金メダルの実況・解説コンビである。入江選手の日本新記録にシンジー節が炸裂したのは言うまでもない。どうやら、私たちコンビは背泳ぎの相性がいいのかも知れない。
 今大会、私が最も注目していたのは男子では入江、女子は矢野友里江だった。尤も私だけではなく、衆目の一致するところだったかも知れない。4月の五輪選考会・日本選手権を前にして、一番出てきて欲しい選手はアテネ組ではなく、若い次世代に繋げられる若手の台頭にある。矢野は記録の「不満はある」と本人は反省していたが、アテネ金メダリストの柴田を寄せ付けず4百、8百の両種目を制した。しかも柴田に勝った事を喜びすぎる様子もなく、今の柴田の状態を受け止め、冷静に判断しているところに精神的な頼もしさを感じさせた。久しぶりに田村栄子コーチにお会いし旧交を温めたのだが、何だか「手ごたえ」を感じている様子に伺えた。二ヶ月前に世界ではバタフライより八百のほうがチャンスがあると師弟で合意したとのこと、今回のテーマ「苦しいところでガンバル」はまだ道半ばだが、矢野の若さとパワーを武器にしたチャレンジは外国勢に力負けしないものがあるように思える。田村コーチの共同インタビューの話が印象に残った。「今回の二人の対戦はいい意味で、柴田も矢野も気持ちが引き締まったはずだ」ライバルになることはいいことなのだ。
 入江の体がぶれない「ペットボトルを額にのせて泳ぎ切る」フォームの素晴らしさファンのよく知っているところだ。「前半を56秒台で入ればチャンスはあると思っていたが、入れなかった。逆にまだ伸びる余地を残している。泳ぎはいい感じだった。四月の選考会は精神的に強くならないとダメ。世界は1分55秒台のレベルだから」
 日本新記録1分56秒53を出しても満足していないところに、入江選手の限りない可能性を感じた。記録に結びついた最後の十メートルの迫力は、あの鈴木大地のフィニッシュを彷彿させるものがあった。インタビューの受け答えも自然な笑顔で好感度は素晴らしい。「スマイル王子」、泳ぎでいえば「伸び伸び王子」といったところだろうか。
 この大会を主催したコナミスポーツは今回が25回目の大会運営だったと聞く。去年からジェイスポーツでテレビ放送も行っている。一つのスポーツ企業が、今年はオリンピックイヤーであったこともあるが、これだけのトップ選手を集め、学童からオリンピック選手までおよそ800人の大会を成功させていることに敬意を表したい。スポーツ企業の社会性、地域との結びつき、選手の育成と健康管理、こうした大会がますます発展して欲しいものだし、日本選手権や学生選手権でなくとも、「日本記録が誕生する」とは、何と素晴らしいことなのだろう。
 久しぶりの水泳放送を実況出来て「幸せでした」



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