スイミングマガジン・「2008年8・9月合併号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(8・9月合併号)
◎ 第38回 五輪のドラマはメダルだけではない

  北京オリンピックが近づき、マスコミはオリンピックへの期待を煽り立てている。女子アナやタレントの「がんばれニッポンやメダルメダル」の連呼をまた聞かされるのかと思うと、オリンピックの期間中がいささか憂鬱になる。ならば、テレビをみなければいいじゃないかということになるのだが、そうもいかない。やっぱり四年に一度の最高の戦いをみないわけにはいかない。私の趣味からいえば、スタジオの盛り上げは一切必要とせず、現場からの質の高い解説と実況があれば十分なのだが、無理やり見せられてしまうようになっているから始末におえない。バレーボールの日本での前哨戦を見ていたら、ドラマの刑事役をやって水谷豊と組んでいい味を出していた男優が、バレーのコートサイドで応援役ではしゃぎ、ガンバレの連呼をやっているのを見て興ざめしてしまった。今やっているドラマの刑事としてのイメージがあるだろう。自分のやりたい仕事を大事にしてほしいのに、ミーハーまがいの馬鹿騒ぎをみせられ、もうあのドラマや映画は見ないぞと呟いてしまう。
 こんなことでぶつぶつ文句をいうようでは、私も嫌な爺になった証拠だろう。
 ついでに、NHKの朝のニュース番組を見ていたら、若いスポーツキャスターが、「北京五輪の一番の興味はアテネ五輪の十六個の金メダルを超えられるか、これを見に行くのが最大の興味です」ってなことをしゃべっていた。メダル、メダルの馬鹿騒に「NHKよお前もか」と苦々しくチャンネルを変えてしまった。何もメダルはどうでもいいといっているのではない。戦う選手にとっての最大で唯一の目標は優勝すること、世界一になること、すなわち金メダルをめざすことだ。「オリンピックは参加することに意義がある」と五輪の創始者クーベルタン男爵が唱えた言葉はオリンピック精神を表すものとして知られているが、今や「参加するだけ」をテーマにする時代では、とうにない。選手は誰もがメダルをめざして戦うのだ。ただ、世界一になって金メダルを手にするものはほんの一握りの選手で、ほとんどの選手は負けるのだ。私は八回伝えたオリンピックでのテーマは「立派に、最善を尽くして戦う選手に敬意を込めて伝える」ことだった。どちらかといえば、「グッド・ルーザー」に出会えることにオリンピックでの仕事のやりがいを感じていた。金メダルの数を気にするのは「戦う選手と関係者」であって、マスコミの視点はそれを第一にあげることではないだろう。
 今回日本選手の競泳で私が一番注目しているのは、北島康介の二百メートル平泳ぎだ。ライバル・ハンセンが全米予選で四位になり、代表権を落とした時、日本のメディアのほとんどは「もう、ほとんど金メダル」と表現した。確かに確率は高くなったかもしれない。ライバル対決がなくなったことへの興味は薄れただろう。しかし、私の注目は北島の自分との戦いを見極めることで楽しみにしている。何故なら、午前中の決勝になり、体調を完璧に整えられるのか、それと水着の問題はどうだろう。こうゆう新兵器が出てくると思いがけない伏兵が突如現れることもあるのだ。ライバルのいない、勝って当たり前といわれる状況で北島は己というライバルに完璧に打ち勝つことが出来るだろうか。恐らく北島はライバル・ハンセンがいたほうがターゲットを絞りやすかったのではないだろうか。まあ、勝負強い北島のことだから、全ての準備は整えると思われる。ハンセンのようにバタバタしたり、他人に影響されることは少ないから大丈夫だろうと、ほとんどの日本人はそう思っている。これがまた、北島の敵になってしまうのかも知れない。
「オリンピックは記録より、勝つことだ」といわれる。今までの歴史の中にも、競泳や陸上のレースものでは「世界記録保持者が勝てないのがオリンピック」というレースがザラにある。私が伝えたソウルの鈴木大地が勝ったのも、世界記録保持者・バーコフだったし、岩崎恭子がバルセロナで勝ったのも、世界記録を持っていたアニタ・ノールだった。私は二人が勝てるとは思わなかったし、金メダルを何が何でもしゃべりたいとも思わず、勝負をしっかり見つめたいとマイクに向かっていたのだった。
 「世界記録より勝つこと」が大事なオリンピックだが、北島に関して言えば、ライバル無き戦いであり、ライバルは己だとするなら、真のチャンピオンに相応しい「世界新記録」での二連覇をやってのけて欲しいと思っている。
 日本人以外で興味深々なのは四十一歳のスプリンター・アメリカのダラ・トーレス、五回目の五輪でママさん選手、私はバルセロナまで、彼女の豪快なクロールを伝えてきた。怪我や結婚、出産を乗り越えたパワフル・ウーマン・トーレス、「年齢はただの数字なのよ」という彼女の言葉に、私も大いに励まされているのです。
 メダル、メダルだけでない、レースを推理して勝負を見極めるのが、北京五輪を楽しむやり方でしょう。



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