スイミングマガジン・「2009年07月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(07月号)
◎ 素晴らしいコンビに拍手

 水着のことは、もう話したくもない、書きたくもない。いつまでこの問題に決着をつけられないのだ。せっかくの入江陵介の快挙も水着が認可されそうにもないと聞くと、「がっかり」どころか「憤り」を覚える。勿論、もたもたしている国際水連にだ。こうゆう問題は「水泳とは」という本質から考えなくてはだめなのだ。泳ぐ人のサイドにたたないといけないのだ。哲学をもたない人たちが水泳の発展だとか、繁栄だとかをテーマにしていては、正しい解決策など出るわけもない。めしを食ったり、寝る時間があったら、さっさと決断をせい。組織をリードするものは、「一大事」のときに敏速に決断をするのだ。平時はその役職でのうのうとしていようと何もしなくとも大丈夫なんだ。要するに、国際水連の在り方、ルールづくりがメーカーのスピードに追い付かないということだ。いつまでもモタモタするのなら総辞職せい。

 とまあ、この辺でやめておかないと、血圧が上がって体に悪い。口直しにいい話をしょう。

 少し前になるが、松田丈志選手のコーチ・久世由美子さんがミズノスポーツメントール賞の最高位・ゴールドを受賞された。このメントール賞というのはミズノのスポーツ振興会と国際スポーツ交流財団が制定しているもので、競技スポーツ・地域スポーツで選手の育成、強化に貢献した指導者を表彰するものである。一般的にスポーツ界では選手やティームが素晴らしい成績を残すと表彰され、称えられるが、コーチ、指導者はどちらかというと「影のひと」になりがちだ。このミズノスポーツメントール賞は非常にユニークなものといえるだろう。この表彰式の日だけは主役は指導者になる。


 今回・2008年度のメントール賞の最高賞・ゴールドに久世由美子さんが選ばれた。毎年、表彰式の司会をしている私にとっても水泳界の指導者が選ばれると、ことのほか嬉しいものだ。皆さんも知ってのとおり、久世さんと松田選手のコンビは松田君が子供のころから約二十年間も続いている。珍しいケースだろう。子供のころの指導者らは、ほとんどの選手は中学、高校、大学、社会人と進む節々で旅立って行くものだ。六十歳を過ぎている久世コーチと松田選手は親子のような間柄のようだ。久世コーチの授賞式での挨拶「地方からスタートしてオリンピックまで終始一貫指導してきたことを評価していたただきコーチ冥利につきます。ご支援していただいた皆さんに感謝の気持ちで一杯です。

 挨拶が終わると、一番前の席に列席していた大きな体の松田選手が立ち上がって、感謝をこめて拍手をする。「今日は教え子の松田選手も駆けつけてくれました。松田選手ありがとう。皆さん松田選手にも大きな拍手をお送りください。」長いこと司会をしているが、指導された選手が列席することはあまり多くはない。久世コーチのご主人も出席されていた。宮崎県延岡市のクラブから、松田選手が中京大学に進む時、妻のコーチを単身赴任させたご主人だ。自分の道をあえて松田選手とともに歩んだコーチ、母のようなコーチとの二人三脚を選んだ松田選手、二人とも偉いが、ご主人も偉い。人生のパートナーに好きなことをさせるのは大変だ。逆のケースは当たり前のようにあるが、妻の単身赴任は、さぞ大変だっただろう。

 現在の練習環境を聞くと、東京と延岡を往復しているそうだ。延岡のビニールハウスのプールのことは、以前にも書かせてもらった。オリンピックのメダリストで、破れたビニールがヒラヒラ風に揺れるプールでトレーニングしているコンビは世界中でも久世・松田コンビだけだろう。ふるさとに帰ると「ほっとします」と松田君はいう。二人三脚が続くことを期待し、祈っています。

 参考までに、ミズノのスポーツ指導者を讃える「メントール賞」は1990年から始まっている。水泳界でゴールドを受賞したのは、第一回の金子正子さん、第三回の青木剛さん、今度の久世さんは三人目になる。その他に「シルバー賞」には高橋雄介さん、平井伯昌さん、田中孝夫さんが選ばれており、「メントール賞」は金戸俊介さん、井村雅代さん、上野広治さん、竹村吉昭さんが名を連ねている。



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