スイミングマガジン・「2010年 5月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(5月号)
◎ 優れた指導者とはどんな人たちなのだろう

 春の選抜高校野球が始まり、驚きの発言に唖然とさせられた。島根・海星高校の野々村直通監督が、悔しさの余り相手の高校に対して侮辱するような心ない発言をしたことだ。甲子園では試合が終わると、インタビュー通路で勝ち、負けのティームへのインタビューが一塁側、三塁側で同時に行われる。私も昔、何度もインタビューをしたものだが、感動的であったり、心温まる話で、監督の野球観や、選手への愛情、相手ティームへの敬意がちりばめられていることが多いものだ。ところが、今回は前代未聞といっていいような衝撃発言があった。「二十一世紀枠に負けたことは末代までの恥です。もう野球をやめたいし死にたい。腹を切りたい」

 高校野球の素晴らしさは今更のべるまでもないでしょう。白球を追う球児のひた向きな姿が見るもの心をうつのです。しかし、高校野球の勝利至上主義が時折チラッ、チラッと顔を覗かせます。全ての原点は指導者の「高校生を教え、導く指導力」にかかっているといってもいいでしょう。「勝負ですから勝つことは最大の目標です。しかし、勝つことが全てではないのです」この第一歩を誤ってしまう監督は、少なくとも高校生の指導者としては相応しくありません。勿論、プロは違います。

 この選抜で智弁和歌山の高島仁監督が甲子園最多勝を達成した。私もかって高島監督の勝利を数回しゃべっている。甲子園最多勝監督でさえ、数年前に試合中に部員を蹴り謹慎生活を送ったことがある。ただこの場合は教育と愛情と叱責が紙一重のところにあったと想像できる。それでも、高島監督は四国八十八か所をめぐり、反省を重ね、生徒に許しをもらい監督を続けてきた、と聞く。指導者も過ちを犯すことはありましょう。しかし、学生を指導するものは、いつも「教え、育む」という原点にたつているということなのでしょう。勿論私自身への諌めも込めて語っています。

 高校野球の監督は目立ち過ぎますね。マスコミにも一端の責任はあるでしょう。「名物監督」などともてはやすから勘違いがはじまるのです。一般的にはアマチュアの指導者が脚光をあびることは少なく、どちらかといえば「影の人」になります。それでいいのでしょう。ただ、昨年もご紹介したミズノスポーツメントール賞という指導者にスポットライトをあてた表彰式が毎年、四月に行われます。この賞は競技スポーツだけでなく、地域スポーツも含めて選手の強化・育成に貢献した指導者に贈られるもので、ミズノのスポーツ振興会と国際スポーツ交流財団が制定しています。毎年、私も司会者としてお手伝いをしていますが、昨年の久世由美子さんに続いて、なんと水泳界から二年連続で石森昌治さんがゴールドの大賞に選ばれました。水泳だけではない色々な競技を中継してきたスポーツアナウンサーの私ですが、やはり水泳界からの受賞はたまらなく嬉しくなります。石森さんはスウィン埼玉スイミングスクールのコーチをしています。石森さんの受賞は昨年、世界水泳で金メダルを獲得したした古賀淳也選手を子供の頃から十七年間に渡って指導してきた成果を評価されたものです。石森さんの経歴を見ると選手時代に華々しく活躍したほどではありません。広島の尾道高校時代の同期は、あの金メダリストの田口信教、バタフライが専門の石森さんは日体大に進みましたが腰を痛め、マネージャーをしながら縁の下の力持ちに徹しました。卒業してからスイミングクラブでは数多くのジュニアの選手を育ててきました。今度の受賞は金メダリストを育てたこと以上に、有名無名も含めて水泳の基礎を固めるジュニアの育成に二十年近くかかわってきたことを評価されたものでしょう。石森さんにオリンピックへ向けての古賀選手の話を聞きました。「五輪は、今までも見てくれていた鈴木陽二コーチのもとでトレーニングします。古賀はまだまだ伸びしろがあります。いままでの練習量は高校生レベル、追い込んだのはここ二年ほど、ウエイトもあまりやっていません。ライバルの入江選手の半分ぐらいの練習量かも知れません。世界で一番練習しないで金メダルをとった選手でしょう。強化らしいことを、あまりやってこなかっただけに、楽しみなのです」と厳しい指導で知られる石森コーチの話。鈴木陽二コーチも「古賀はのりのあるキャラクターだが、根は繊細でまじめ、チャンスは十分にある」とのこと。あの目立ちたがり屋だった「大地」をのせて、見事に金メダルを取らせた「陽ちゃん」のコーチとしての手腕も乞うご期待というところだろう。石森―鈴木コーチのリレーで古賀淳也選手が五輪の金に挑むこの二年を注目していきたい。

 石森昌治コーチがゴールドの表彰を受けるミズノスポーツメントール賞の表彰式は四月二十一日、グランドプリンスホテル新高輪で行われます。



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