スイミングマガジン・「2011年04月号」掲載記事
島村俊治の「アスリートのいる風景」(04月号)
◎ 五輪代表の内定に思う

 二月はプロ野球のキャンプ地を回っていた。年のせいだろうか、二軍で上を目指す選手を見たくて、どちらかと言うと、主力でレギュラーが約束されている選手はオープン戦を見ればいい、これからの若手や観客のいないところで頑張っている選手を応援したくて、二軍を見てきた。中日・落合監督の俺流のいい方が興味深かった。「キャンプの練習は特別なことはしていない。キャンプは育てるというより、俺はふるい落とそうとしているだけだ」キャンプで中日だけが六勤一休、最も練習時間が長いと言われている。自主性を重んじて、個人練習が長い。ベテラン、主力が長々と取り組むところが他と違うのかも知れない。ポジションが決まっているなどと安心はしていないのだ。

 西武の宮崎・南郷キャンプで今年から一軍のコーチに上がった鈴木康友コーチがこんな話をしてくれた。バントの時、ランナーが一瞬の判断でスタートが切れるかどうかという、非常に地味だが、ついつい疎かに成りがちな走塁練習を、みっちりやっていた時のことだ。「島村さん、今年の選手の合言葉は、ABCなんですよ」「それ、何ですか」「建設工事会社の社長さんから教わった安全対策の標語を野球に使わせてもらったんです。Aは当たり前のことを、Bはバカにしないで、Cはちゃんとやるという頭文字です。工事現場の安全性と同じで、スポーツはミスがつきものです。当たり前のことを、バカにしないで、ちゃんとやる。練習でミスするたびに、ABCを言わせています」現役の頃、巨人西武などでバイプレーヤーとして活躍した鈴木さん、その後、独立リーグのBCリーグ富山で苦労したからこそ、「あたりまえ」のことを選手達に諭しているのだろう。

 トップスイマー達は、夏の世界選手権を目指しての合宿など、プロ野球でいうキャンプの最中といえるだろう。二月一日に日本水泳連盟は常務理事会で、七月の上海の世界選手権の個人種目で優勝した選手に、同種目の来年のロンドンオリンピックの代表に内定することを決定した。ただ、来年、四月のオリンピック選考会の日本選手権に出場しなければならない。今まで、私の記憶でも、オリンピックまで一年以上残して内定を出すというケースは初めてだと思う。確かにトップ選手の過去の実績を考えると、オリンピックにぜひ連れて行きたい選手というのは、間違いなくいるのだ。水連の談話を聞いても、金メダルに向け、代表を早く決めて体制を作りたいということのようだ。殊に、年齢の高い金メダル候補や実績十分の選手には、計画的に長いスパーンで練習に打ち込めるようにさせたいという配慮からである。

 スポーツ大国のアメリカでは、水泳、陸上などのレース競技は、最終選考会の一発勝負が伝統になっている。だから、かって、ミスがつきものの十種競技で世界記録保持者が落選するなどということは、往々にしてあったものだ。日本は、昔、マラソンで補欠を選び、その選手が本番に走りメダルを獲得したというケースがあった。
 では、早めに内定していい結果が出た例はあるのか。実は大アリなのだ。2008年の冬の長野五輪、スピードスケートの500メートルで金メタルを獲得した清水宏保選手はスピードスケートの内定第一号で、2005年の十月という早さだった。その後も、2006年の四月に本番で銅メダルを獲得した岡崎朋美ら六人が内定、長野五輪に出場したスピードスケートの18人中清水、岡崎、島崎、堀井ら七人が一年十カ月前に内定し、本番に出場、好成績を残している。この時、スピードスケート連盟はメダル獲得に向け「思い切った賭け」に出た。「内定していても、五輪の年に好成績が上がらないようなら、内定を返上させる気持ちにさせたい」と当時の部長は語っていた。内定者は目標順位の申告の義務もあり、五輪迄の国際大会では好結果を残し、世界新記録も出し、緊張感を持続させていたように記憶している。内定で安心するより、むしろ、プレッシャーを感じ、自分のペースで競技会に出て、練習環境を整えていたように思う。余談だが、スピードスケートの担当アナウンサーだった私も、選手に密着して取材ができやり易かったことは確かである。

 尤も、このケースはスケートであり、自国開催の長野五輪だったから、今度の競泳のロンドン五輪の内定と同様には判断出来ない。ただ、同じようなレース競技でこういう例もあったので、今回の水連の方針は非常に興味深い。むしろ、「安心するのは選ぶ側で、選ばれた選手に責任とプレッシャーは強いかなぁ、」と私は、昔の清水宏保の金メダルの実況を思い出しているのだ。



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