Column No.91 (2004/08/11デイリースポーツ掲載分)
◎あの一球の夏

 甲子園の熱戦が今年も始まった。開幕戦の天理−青森山田戦は延長12回、天理のサヨナラ勝ち、甲子園は初戦から盛り上がった。
 甲子園の名勝負といわれる試合はいくつかあるが、25年前の箕島−星陵戦も代表的な試合といえるだろう。ある新聞に当時を戦った選手たちが今年の11月にもう一度戦って決着をつけようという記事が載っており、私は興味深く「あの日」を思い出したのだった。
 1979年8月16日、試合は1−1で延長戦に突入した。それからが名勝負に向かっていったのだ。12回、星陵が一点取ると箕島は本塁打で追いつく。16回にまた星陵がリード、その裏二死と箕島は追い込まれ、一塁ファールフライがあがり万事休すと誰もが思った瞬間、一塁手が転倒、直後に本塁打が飛び出し、18回裏サヨナラ勝ちという信じられない劇的勝利だった。箕島の春夏連覇への峠越えの試合である。
 実はこの試合のウイニングボールはひょんなことから私の手元にあるのだ。少し甲子園の土がつき、バットとの摩擦で大会名の刻印が一部削られている。この日、私はこの試合の主審の永野元玄(もとはる)さんと食事をする約束だった。ところが、試合は緊張感の連続、延長に入ってからはいつ終わるのかわからない展開になっていた。あれは延長戦の何回だったのだろうか。永野主審はイニングの合間に何気なくネットに近づき、「すみません」というように頭を下げた。それは私への合図だった。大観衆は気づくこともないシグナルだった。私は笑顔で手を振った。心の中で「いつまでやってもいいよ。できれば引き分けてほしい」と、願ったものだ。
 その夜、11時近かったかもしれない。名勝負が終わって店にやってきた永野さんはボールを取り出し、私に「今夜の記念に受け取ってください。これが最後のボールです。敗れた堅田投手には、最後のボールは酷だと思い試合で使ったボールを手渡しました」
 永野さん、この試合はもう時効でしょうから許してくださいね。そして、両校が金沢で再選する11月13日までに、現在も指揮をとる山下智茂監督にお届けしようと思っています。



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