Column No.178 (2006/06/07デイリースポーツ掲載分)
◎ 敗れにし者の生きざま

 全仏オープンテニスは大会10日、男子の準々決勝まできた。「赤土の下に魔物が棲む」と言われるこの大会、特に女子は波乱続き、準々決勝にトップテンの7人が敗退した。日本の報道や興味はシャラポワ、ヒンギスが圧倒的だが、感動を残してコートを去った素晴らしい選手たちがいる。
 4回戦でヒンギスを苦しめたイスラエルのシャハール・ペールは兵役に就きながらツアー生活を続けている。イスラエルは女性も兵役があり、今年の初めから軍隊生活に入っている。とはいえ、特別待遇があり、期間中もテニスの練習を行い、海外でのツアーの出場も認められている。「兵役を行いながら、その経験も生かしたい」というペール、今年はツアーに3勝して全仏に臨んだ。3回戦でトップ選手のデメンティエワを下し、ヒンギス戦も落ち着き払った見事な善戦、サスペンデッドで2日間の対戦と厳しい戦いも「あわや」と思わす場面さえ見せたのだ。「さすがヒンギス」とベテランの前に屈したが、テニスファンはヒンギスに劣らぬ賞賛を贈っていた。
  男子の4回戦にまったく無名のアルゼンチンのマルティン・バッサージョ・アルゲージョが進出、同じアルゼンチンの世界のトップクラスのダビド・ナルバンディアンと対戦した。彼は予選から勝ち進んできた。予選から出場することさえ大変なのだ。予選3試合を勝ち抜き、本大会の2回戦では巧者グロージャンを下し、2試合連続5セットマッチを制してきた。ほとんど、ツアーレベルの出場が出来ず、ツアーの下部組織を転戦している「雑草組」の一人である。年も26歳、よくここまで頑張ってきたと、ほとほと感心させられる。サッカーをやっていたというだけに、コートを走り回ってナルバンディアンに壮絶な戦いを挑んでいた。やはり、世界の壁は厚かったのだが、戦い終わった彼の右腕は血が滴り落ちていた。
 杉山愛に勝ち、3回戦でバイディソバに破れた仏の19歳のアラバンヌ・レザイ、彼女は家族でツアーを戦っていた。イランを後にした家族は、父がレザイのテニスの能力に目をつけ、彼女のテニスにかけてツアーを転戦している。彼女はキャンピングカーで欧州中を廻るのだ。先月は銀行からお金を借りて全仏に臨んだ。予選の3試合に勝ち、本選に進めたので「借金は返済できそうだ」という。父はテニスの経験がまったくないので、見よう見まねと独特の方法で彼女に厳しい練習を課してきた。夜の市営コートに紛れ込み雪の中でボールを打たせた。ボールを水につけ、重くして叩かせた。少女の頃、スクーターに乗せて試合に行き、レザイがおもらしをしてしまった。代えの下着がなく、父はセーターを脱ぎ、娘に腕の方に脚を入れさせ、胴にセーターを巻きつけてプレーをさせたという。ゲームは完勝した。父、母、兄、姉と家族全員で戦ってきた壮絶な生き様である。このストーリーの先はまだわからない。サクセスストーリーになって欲しいものだが、それぞれの敗者に、日本人が忘れていた生き方があるように思えてならないのだ。



--- copyright 2001-2006 New Voice Shimamura Pro ---
info@shimamura.ne.jp