Column No.190 (2006/09/06デイリースポーツ掲載分)
◎ さらば、アガシ

  テニスの世界に偉大な足跡を残したアンドレ・アガシが超満員の観衆の大拍手に送られてラケットをおき、コートを去った。3回戦で敗れた相手はドイツのベンジャミン・ベッカー、プロツアーでは新鋭、米の大学では活躍したが、世界的にはほとんど無名と思われる若手に強烈なサーブとアガシ以上の素早いリターンに完敗した。戦いが終わり、アガシは椅子に腰を沈めると両手で顔を覆い、万感の想いを涙した。スタンドは全員、総立ちで暖かい拍手を送り続けた。スーパーヒーローの最後の姿を放送席から伝えることが出来、アナウンサー冥利に尽きる思いで一杯だった。解説の柳恵誌郎さんの目からも涙が溢れている。
 それにしても、アガシは背中の痛みと戦ってテニスが出来る状態とはとても思えなかった。1回戦のあと「立っていられないほどだった」といい、背中の痛みを止める脊髄注射を打って2回戦に備えた。全豪で準優勝したバグダティス戦は文字通りの死闘だった。最後に若いバグダティスの足に痙攣がおき、3時間48分の悲壮感溢れる試合に決着をつけた。1、2回戦共に夜の試合だったので、日付けが変わる2日間に跨る試合だったのである。
 アガシの父・マイクが「出来ることなら、もう試合は終わりにして欲しい」とコメントするほどアガシの身体はガタガタだったのだ。それでも、アガシはテニス人生をまっとうしようとした。
 アガシは勝ったあとに四方の観衆に丁寧に挨拶するのだが、最初で最後の敗れての挨拶、プレーヤーとしての別れを満員の観衆に告げた。インタビューは涙で言葉が出なかったが、「皆さんのお陰で21年間プレーできたのです。ありがとう」とファンへの感謝を繰り返していた。
 今年の全米オープンはアガシのための、アガシを讃え、アガシを惜しむ展開で進んできた。全米の視聴率は過去の最高、如何にアガシの最後の姿を見たいというスポーツファンの心理だったのだろう。アガシのグランドスラムの優勝は8回、通算60勝、最後のベッカー戦はグランドスラム277試合目、全米オープン98試合目、生涯の試合、1,144試合目だった。かって戦ったボリス・ベッカーと同姓のベンジャミン・ベッカー戦が最終戦、奇しくも妻・シュテヒー・グラフの母国ドイツ出身の選手なのも不思議な因縁といえるだろう。そして、ベンジャミン・ベッカーは始めてのセンターコートで「アガシを倒した最後の男」と歴史ら名を刻むこととなった。



--- copyright 2001-2006 New Voice Shimamura Pro ---
info@shimamura.ne.jp