■ Column No.240 (2007/09/04デイリースポーツ掲載分)
● それが、人生さ

 ニューヨークで行われている全米オープンテニスは後半のセカンドウィークに突入している。スポーツの世界は常に若い選手の登場を待っているのだが、静かに引退していく選手もいる。イギリスの貴公子といわれたティム・ヘンマンはこの全米が最後のグランドスラムになった。2回戦で敗れたのだが、記者会見で、「若い人にサーブアンドボレーの選手が減ったのは寂しい。グランドスラムで優勝はできなかったが、やることはやった。百パーセント出し切ったから悔いはない。結果だけではないから」
 イギリスのテニスファンはウィンブルドンでヘンマンが優勝するのを待ち続けてきた。スマートでハンサム、マナーの素晴らしいヘンマンのプレーを見ようと、ウィンブルドンには「ヘンマンの丘」といわれる場所さえあるほどだ。グランドスラムではいつも一緒に練習していた王者フェデラーは「こんなに気持ちよく練習できた人はいない。テニスの先輩として尊敬していた。残念です」
 ヘンマンの最後の試合の前、駐車場でバッタリヘンマンに会ったので声をかけた。「長い間、ありがとう」ヘンマンはニッコリと頷いた。
 玄人好みといわれてもいいチェコのラデック・ステパネクは今大会ある意味で注目されていた。それはテニス以外のことからだった。ハンサムでもないし、地味を絵に描いたようなステパネクは、去年の12月あのヒンギスと婚約した。ところが、この大会の前にヒンギスとの婚約は解消されたと報じられた。このところのステパネクは山あり谷ありの波乱に満ちたときを過ごしていたのだ。去年、首の骨がずれ、右手が利かなくなり選手生命の岐路に立たされた。手術を勧められたが拒否したことが幸いして快方に向かった。ヒンギスと婚約し、今年はツアーでも12年のキャリアでの2勝目を上げた。そしてその後に婚約の解消があったのだ。
 そんな中で迎えた全米オープン、彼は2回戦で第3シードのセルビアのジョコビッチと対戦する。ジョコビッチ有利が大方の予想の中、ステパネクは観衆を見方につけ、伸び伸びと試合を進め、何度もジョコビッチえお追い込んだ。いいプレーでは飛び上がり、踊り、ガッツポーズを連発する。少し薄くなった額にカールした髪が愛敬をそえ、「昔のパンパカパ〜ン」を連想させられた。
 試合は今大会の最長試合、4時間44分、最後は力尽きたが観衆の心をギュッと掴んだのは、見かけは冴えないヒンギスに振られたステパネクだったのだ。記者会見で「そんなに色々なことがあってよく克服できたね」と聞かれ、「人によって違うと思うけど、可能だと思うよ。それが人生さ。ひとはくっついたり、離れたり、うぅん、これ以上のコメントはできないな」
 この試合を中継した私は翌朝、ホテルのエレベーターでバッタリヒンギスに出会った。「ステパネク頑張ったね」と喉から出掛かった言葉を、私はグッと飲み込んだのだった。



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